STORY
苦労しながらも、人々のいのちをまもりたいと
勉強を続けたパトリックさん
私は、15人兄弟の末っ子として生まれ、生後3カ月のときに父を亡くしました。
家計は苦しく、中学生になった頃には、綿花を育てて売ることで学費の足しにしていました。
高校1年生のときに、高齢になった母が学費を負担できなくなりました。
校長に相談して、朝と放課後に校内の庭の手入れをすることで、勉強を続けさせてもらっていました。
しかし、高校3年生になったときに、校長が変わり、勉強を続けることができなくなりました。
医者になりたいと願っていましたが、貧困のため、進学を諦めました。
しかし、やはり医療の仕事に関わりたいと思い、近くの診療所の所長に頼み込んで、
施設を掃除する看護助手として雇ってもらいました。のちに、結核患者の服薬支援や
青少年の性教育なども任せてもらえるようになりました。
私の人生が変わるきっかけをくれたのは、JOCSの奨学金です。
JOCSからの奨学金で看護学校に通い、准看護師の資格を得ることができたのです。
その後は、働いたお金をためて学校に通い、医師補の資格をとりました。
医師補として治療に関わるなかで、病気の予防に意識が向くようになりました。
病気になると多くの費用がかかり、家計を圧迫します。
それを恐れて受診せず、症状を悪化させる人が多くいるのです。
病気の予防が、人々のいのちをまもるためには重要だと気づきました。
JOCSの皆さんがその思いを受け止めてくださり、2度目の奨学金を受けて、
公衆衛生を学ぶことができました。
公衆衛生を学んでいるとき、新型コロナウイルス感染症が流行し、
サーベイランスチームの最前線での働きを担いました。
ウガンダでは2022年にもエボラ出血熱の集団発生がありました。
コロナやエボラ出血熱のような感染症の集団発生時には、地域の人々が理解できるように
予防策の妥当性や必要性を伝えることが大切です。
奨学金での学びで得たリスクコミュニケーションの知識や技術を生かして、
地域の人々へ、感染症の予防方法を効果的に伝えることができました。
地域では生活習慣病も増えてきています。その対策計画の一つとして、
今後はラジオを使って、生活習慣病予防の啓発にも取り組んでいきます。
comment
10歳の頃、学習雑誌で岩村昇先生のネパールでの医療活動を知った時の感動は今も忘れません。以来50年をこえて、私の使用済み切手収集ボランティアは日課になりました。世界と私を結んでくれたJOCSは今日もアジア・アフリカの人々と共に活動を続けています。みなが健やかに暮らせる世界をめざして。皆様のご理解とご協力をお願いいたします。