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仙台からの第2報

2011.03.18

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17日の動き。
 午前中、仙台市ボランティアセンター、若林区役所、蒲町中学校避難所3カ所を、ジョイ、マーチーさん(アメリカ人、看護師、20数年前から仙台在住の宣教師、現在御主人と共にエマオに隣接する住宅の2階に住んでい手、宮城学園で英語を教えているとのこと、)と共に訪ね、被害の状況、どこで手伝いをするのが適当か、情報を収集する。
 仙台ボランティアセンターでは(市内の病院で3人の看護婦を求めているとの情報以外、医療関係の情報なし。
仙台市の中では被害の一番ひどかった、若林区、宮城野区の一つ、若林区役所災害本部を訪ねる。医療関係とのことで若林保健所、所長赤井由紀子医師に面談が許される。赤井医師から被害の状況、現在の避難所の様子について説明を受ける。
 荒浜地区など、若林区の海岸線一帯、津波、地震による被害甚大。現在その地域で生き延びた、体一つで非難された方々がくない15,6か所の小学校、中学校等で避難生活をしている。少ないところで100人、多いところでは1カ所1500人程度。水、電気、食料などは回復の過程にあるが、医療に関してはまだ手が付いていないようで、情報も十分ではない。どこでもお手伝い願いたい。とのことで医師会とどのように連絡とり、救援を開始するか、仙台市と連絡を図る。しばらくして、医師会もこの混乱状態なので、今回はそのような手筈を取らず、救援開始を認めていただく。
 避難所の一つ、区役所からも近く、着の身着のままで避難した方々が多く非難されていると聞いた蒲町中学を訪ねる。避難民400人、学校の体育館と武道館に分かれて避難生活をされている。本部の方と話し、是非来て手伝ってほしい、体調を崩されている方々もいるとのこと、内部の様子を見せていただく。
エマオに戻り、午前中の訪問、情報を報告、午後から蒲中で、マーチーさんと共に救援活動を開始することを認めていただく。応援医師が来るまでのしばらくの間、避難所常駐の活動でなく、エマオからの通いで活動をし、夜はここに宿泊させていただくことを了解していただく。

午後2時から蒲中へ。責任者の教頭、校長に、避難所生活者の代表者などに挨拶。どの場所で活動をするかの検討。昼間は学校の一部屋を使うか、武道館の一角を。あとは往診のように休まれている方の所に行って診療することにする。午後、5人の方を診療。お話だけの方は10人近く。声かけは数十人。感冒、発熱、けが等。時間があり、近くの蒲小も訪問。夕方6時半、夕食を避難民の方と同じ、レトルト米、味噌汁、ジャガイモのサラダ、みかんを頂いて帰途へ。エマオでのミーティングで今日に一日の活動を報告。

18日の予定。
 8時エマオ出発。蒲中で夕方まで救援活動。時間があればそこから七郷中、七郷小を訪問予定(それぞれ、1000人から1500人の方が避難されていると聞く。)マーチーさん同伴。

避難所の様子。(蒲中、蒲小)
 蒲中の250人は16日、別の場所から移られた(荒浜の方がほとんど)とのこと。避難場所はかなり整然としていて水、電気、電話、食料、毛布(一人3枚)も足りている様子。組織もしっかり作り、区の職員も一人常駐し区との連絡、相談にあたっている。午後、この避難所にも東北大学の医師チーム(4人)、赤十字の医療班(4人)、新潟から来た保健婦2名の巡回あり。足りないのは車の燃料とのこと。

街の様子。
 シャッターを閉めている店多く。特にコンビニ、スーパーなどは閉めている店多い。あいているところには長蛇の列。
食料品を求める人とのこと。車の往来は普段の半分以下とのこと。ただ、バス、タクシーも走る。ガソリンを求めスタンドも1km以上の車の列。私たちも一度、タクシーを止めたがそこまでは燃料が足りず行けないと断られる。ガソリン車よりも、ガスのタクシーのほうが問題が少ない様子。

エマオの様子。
 教団の近隣の牧師の応援が相次ぐ。人の出入りが多い。17日も必要物品を(ガソリン240L)持って、新潟の牧師が来てくれる。それぞれ役割を決めて、自炊生活。ここは食べ物、電気、インターネット、住宅、潤沢にあり、風呂以外もんだいなし。

応援者の情報
 高橋一牧師、20日エマオ着。内坂医師近じか、車で来られるとのこと。大友医師からも連絡あり。

私の印象。
 避難所は阪神の時と比べ、かなりよく運営され、非難物資も豊富。病人も今のところそれほど多くない。昨日の午後からは3つの医療チームの巡回があり、今日からカウンセリングも始まる予定。応援の状況は刻々改善の方向に。
私たちの医療救援も阪神ほど大人数、長期間の必要はないのかもしれない。半日、2か所からの判断では全体をうんぬんすることは出来ないが。今日時間が許せば他の避難所の様子を見に行く予定。避難所の方々よりも、ご自分の家で生活されている方々のほうが物資不足で困難な生活を余儀なくされている印象あり。

18日朝、エマオにて
楢戸健次郎