資料請求 お問い合わせアクセス|English
HOME>ニュース>若い風たち 03
2011.11.01
バングラデシュの宮川眞一ワーカーからブログが届きましたので お届いたします。
----------
第1陣の最後は木村諒(りょう)さんです。3人の中では一番若く、現在幼児教育を学ぶ学生さんです。 彼は、学校に行っても、モハムニ母子寮に行っても、子供たちの心を捉えるのに、さほど時間はとりませんでした。 こちらも、彼からノン・バーバル(言葉を介しない)コミュニケーションの重要性を再認識させられました。
バングラデシュでの思い出・出来事 バングラデシュは、私にとって初めてのアジア進出でした。香港を経由して首都のダッカに着いたのが、現地時間の深夜2時すぎでした。外に出ると空港には沢山の人がいて、大きく深呼吸すると何故か懐かしさを感じました。今回お世話になった、医師の宮川眞一さんの知り合いのハンナンさんのゲストハウスで仮眠をとりました。バングラでの初めての朝は雨でした。国内線の飛行機を待つ間、空港のスタッフにベンガル語を教わりました。 ダッカからチッタゴンに飛び、車で2時間くらいのチャンドラゴーナに着くと、宮川さんとゲストハウスのドロシーさんに出迎えてもらいました、4日間ほどお世話になりましたが、カレー料理をメインとしたご飯が美味しく、バングラでの楽しみのひとつでした。 この旅では、旅行では味わうことのできない貴重な体験がたくさんありました。病院の状況や取り組みなど様々な説明をしてもらいました。印象に残っているのは、院内見学をしていると子どもが生まれたので、その辺にあった白衣をはおってオペ室に入り、帝王切開での出産を終えた女性のお腹を縫っているのをみたときでした。ただただ立ち尽くし、気付いたら変な汗が出ていました。生きていることを強く感じました。次に、私が保育の学校に通っていることを考慮していただき、小学校やKG(幼稚園)などいくつか連れていってもらい、子どもたちの笑顔が素晴らしかったです。目が活き活きしていて表情の豊かさに驚かされました。 私がバングラデシュで強く感じたことは、 生きていく環境が生まれた時から保障されている日本とは違い、バングラデシュでは生きていくための環境を自ら手にしなければならない国であるという違いです。そこで私が感じ気づいたことは、現在の私は環境によって生かされおり、自分自身と向き合えていないことです。今回のベンガルの土地で気づけたこと、学んだことを深く知り、私自身のこれからの成長の糧にしていきたいです。 バングラデシュで出会った人々、そしてたくさんの人に出会える機会を与えてくれた、兄や医師である宮川眞一さんに感謝したいです。ドンノバッド! 木村 諒
▲ページ上部に戻る