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11年度総主事通信 ⑧

2011.12.21

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今月のコメント

●二つの奇跡~「陸前高田の一本松」/映画「アレクセイの泉」

 大津波にも耐えて生き残った陸前高田の奇跡の一本松は、海水で根が腐り、蘇生が断念されました。津波の前の仲間は2万本あったと聞きます。しかし、一本松の樹上に残っていた松ぼっくりの種子25粒から高さ4センチほどの18本の苗が育っています。「この奇跡」には、命を継ぐことをあきらめない人々の熱意と技術がありました。「新しい命」が芽生え、記憶がつながっていきます。地球の何千年も何万年も命はこのように人々の知恵によって危機と再生を繰り返してきたのでしょう。

 「もう一つの奇跡」は、「アレクセイの泉」((監督:本橋成一・音楽:坂本龍一/2000年)です。
 1986年4月26日のチェルノブイリ原発事故で被災したベラルーシ共和国東南部の小さな村プジシェ。村に残っているのは55人の高齢者とただ一人の若者アレクセイだけ、かつて住んでいた村人約600人は別の地域へ移住しました。学校跡からも、畑からも、森からも、採取されたきのこからも放射能が検出されますが、村人が「百年の泉」と呼ぶ泉からは検出されず、綺麗な水が滾々と湧き出ています。これは「奇跡」です。小児まひの後遺症を持つアレクセイ(34歳)は、老いた両親と共に「運命からも、自分からも、どこからも逃げられない」と言って、この村に残っています。「泉の水が僕の中に流れ、僕を引き留めている。泉が人々に故郷に戻るよう、引き寄せているのだろう」とも語ります。泉は、そしてアレクセイは村人にとっての心の拠り所なのだと思います。
 その泉とは、一人ひとりの心の中にあるのかもしれません。たった一人残った若者アレクセイは、奇跡の一本松が根を張って命の灯火を燃やし続ける、その姿と重なります。そしてこの異なる二つの物語は、私たちに「自然・いのち・共生」について考えさせ、奇跡は日々の営みの中にあることを教えてくれます。

●“東京は揺れている。”~最後の砦

 「・・・震災が起きると、内側、つまり被災地と、その外側が生じる。外側から見る内側と、内側から見る外側は、ものの見え方が全然違う。そして、その中間にあたるところが一番不安定である。今回の地震では、東京がこのちょうど中間に入ってしまった。神戸のときは、東京は外側だった。今、関西から見ると、東京は揺れているように見える。・・・」(中井久夫氏 「思想としての3.11」河出書房新社編集部編)

 日本の統合失調症・治療研究の第一人者である中井久夫氏(神戸大学医学部名誉教授)は、阪神・淡路大震災に際し、神戸大学医学部精神科チーム及び兵庫県こころのケアセンタースタッフを率いてトラウマ(心的外傷)とそのサポートに大きな働きをされました。中井氏の訳書「心的外傷と回復」(みすず書房)で著者ジュディス・ハーマン氏(ハーバード大学医学部精神科臨床准教授)は、「外傷的な過去との和解を達成した後の生存者には未来を創造するという課題が待ち受けている」と語ります。3.11の被災地でも、将来の課題は「未来の創造」ですが、まだ外傷的な過去との和解も遠い未来、という現実が横たわります。

 「東京の揺れ」、それは私たち一人ひとりの揺れでもあります。有力感と無力感の間での揺れ、希望と絶望の間での揺れ、昨日と明日の間での揺れ。私たちはそれぞれ揺れ続けながら生きることを強く実感する1年でした。「心的外傷と回復」(同上)の解説者・小西聖子氏(武蔵野大学教授)は、その著「犯罪被害者と心の傷」(白水社)でこう語ります。「ともにいることは、援助の第一歩であり、最後の砦である」と。私たちは人と人との間で揺れています。無力と知りつつ傍らに居続ける、そこにどれほどの意味があるのか、答えが見い出せぬながらも。「最後の砦」、それは私たちにとってはイエス・キリストです。

●ステーブ・ジョブス~自分自身の心と直感に従う勇気を持つこと

 「・・・半年で(大学を)退学したのは家庭が経済的に楽でなく、親の収入の多くが学費に消えてしまったからだった。大学をやめた後は友人の部屋に泊めてもらったり、清涼飲料水の空き瓶を集め1つ5セントで店に売ったりして生活した。日曜の夜は10キロ以上を歩いて寺院が出してくれる食事にありついた。バックパックを背負いインドを旅したこともある。生涯をかける仕事を見つけようと、普通の若者と同様に、もがいていた。・・・」(日経 2011.10.7)

 これは若き日のスティーブ・ジョブス氏(10月5日召天、55歳の生涯でした)の物語です。彼の伝記は今年のベストセラーNo.1となりました。美と様式を追求したビジネス革命児は、まさに“Jobs(仕事)”のために生まれてきた天才でした。数々の伝説の中の一つに、彼が余命3か月から半年と告げられた後、2005年スタンフォード大学の卒業式のスピーチがあります。「もし今日が人生最後の日だとしたら、私は今日これからやろうとしていることを本当にやるだろうか。・・・一番大事なのは、自分自身の心と直感に従う勇気を持つこと。・・・『ハングリーであり続けよ。愚かであり続けよ。・・・』(Newsweek 2011年10月19日号)と。
 そして、こうも語っています。「死の準備とは、わが子にこれから10年かけて話そうと思っていたことすべてを、たった数か月で話すこと。・・・そして、みんなに『さよなら』を言うことだ。」(同上)と。

 その成功物語よりも、自信に満ち溢れ“Never Give Up”の人だったことよりも、対称的な生い立ち・魂の変遷(氏は仏教徒)や人間臭さ、夢追い人として命をぎりぎりまで燃やし続けたこと、に共感を覚えます。
 「アラブの春」から「ウォール街を占拠せよ」に至るまで、世界各地の格差に憤る若者たちは新しい形の反乱の主人公でした。これは歴史の必然でしょう。「生きる勇気、それは自分自身の心と直感から」と訴えるジョブス氏の言葉が心に響きます。若者たちは、時代の閉塞を打ち破る未来と可能性の主人公です。