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12年度総主事通信 ⑨<No.69>

2013.01.24

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今月のコメント

●全ての人に届けたい詩~“足跡/Foot Print“

 先月の通信「今月のコメント」で、詩「足跡」に触れました。ご存じの方も多いと思いますが、ご紹介まで。

 「ある夜1人の男が夢を見た。彼は浜辺に沿って歩いていた。主がご一緒であった/前方の空に彼の人生の様々な光景が映し出されていた。その一つ一つの場面に二つの足跡が砂浜に残されていた/
 一つは彼自身の足跡である。もう一つは主の足跡であった。彼の人生の最後の場面が映し出された時、彼は砂浜に残された足跡を振り返ってみた/気が付いてみると彼の人生の様々な光景の中で多くの場合、砂浜の足跡が一人分しかないのに気が付いた。しかもその殆どの場合が彼にとって最も悲惨なそして最も苦しい時代の時のことであった/
 彼は理解に苦しんで主に尋ねた。主よあなたは言われました。『もし私があなたに従うことを決心したら、生涯私はあなたから離れないであろう』と。しかし私の生涯で最も苦難な時、幾度となく一人の足跡しか残されていませんでした。私にとって一番あなたを必要とした時、私を見捨てられたのは何故ですか?/
 主は答えられた。私の大事な愛し子よ。私はお前を心から愛している。お前の傍らをひと時も離れたことはない。お前が試みに遭い苦しんでいた時、私がお前を抱いて歩いたのだ。私がお前をこの腕に抱きあげて歩いたのだ」

 詩「Foot Print」は、約20年前、私が英国のカンタベリー大聖堂を訪れた時に出会った詩(作者不明)です。試練と受難の時、神を仰ぐしかない、そのような時にこそ、私は神に抱きかかえられて歩んでいる。そこに救いと一筋の光を見出します。被災された方、苦悩を生きる全ての方々に祈りと共に届けたい詩です。

●18回目の「1.17」~語り継ぐ

 死者+行方不明者(1.17/3.11) :6,434人+3人/15,878人+2,713人
 負傷者(1.17/3.11):43,792人/6,126人         (2012年12月12日現在)

 1.17と3.11という二つの震災の人的被害に様々なことが読み取れます。阪神大震災では、18年たつ今もまだ3人が行方不明のままです。神戸市民の40%は、もう震災を知りません。関東大震災(1923)にも思いが及びます。今年90周年となる関東大震災では、6,661人もの在日韓国朝鮮人の方々が尊い命を奪われたという記録があります。震災に乗じた愚かな過ちは、先日、学生YMCA日韓交流プログラムに参加し、韓国の学生たちと震災や原発のことを語り合う中で思い起こしました(日韓の若者が震災と原発を機に出会う・対話する。国際ではない民際交流の意義深さがあります)。語り継ぐべき記憶と教訓です。

 「あの日から18回目の今日。あの日を覚えていない人は1年分増えました。一輪の花は、仲間が来ると花束になる。一人分の記憶は、仲間がくると絵になる。語り続けよう。あの日のことを。」
 これは18回目の1月17日に届いた神戸在住の友人、ポーポキのPeace Projectに取り組むロニー・アレキサンダーさん(神戸大学教授)からのメッセージです。忘れない、そして語り継ぎたいと思います。「一輪の花が花束になり、記憶が絵になっていく」と信じて。「絵」は、いつか夢や希望にもなっていきます。

●「地の塩」~<新年のご挨拶がわり/内田樹の研究室から>

 早稲田教会の古賀博牧師から教えて頂いた、内田氏(神戸女学院大名誉教授)の年頭所感です。私が衆院総選挙の後、市民社会に無力感を抱きながら迎えた新年で、救われた言葉です。

 「 ・・・そういうふうにして日本人はいつの間にか二極化しつつある。それが『ポスト3・11』の最も際立った日本社会の変化ではないかと私は思う。一方に、『賑やかだが空疎な言葉をがなり立てる人たち』、『何かを激しく攻撃する人たち』、『他責的な言葉づかいで現状を説明する人たち』の群れがいる。メディアはこの『うつろな人たち』の言動を好んで報じている。
 だが、他方に、個人としてできることを黙々と引き受けている人たちがいることを忘れたくないと私は思う。誰かを攻めたてても事態がすぐに好転するはずがないことを知っており、まず自分の足元の空き缶一個を拾うところからしか秩序を再構築することはできないということを知っている人たちがいる。この人たちの声は小さく、表情は静かである。だが、だからこそ『地の塩』だと私は思っている。
 私が今の日本社会を見ていて、あまり絶望的にならずにいられるのは、周囲にいる若い人たちのうちにいくたりもの『地の塩』を数えることができるからである。誰に強制されたのでも、教え込まれたのでもないし、『そうすればいいことがある』という利益誘導に従ったものでもなく、黙って『空き缶を拾う』ような仕事を淡々と担っている若者たちの数はむしろどんどん増えているように思われる。苛立ち、怒号を上げている若者たちは目立つ。だから、世の中には『そんな若者』ばかりだと人々は思っているかもしれない。だが、静かな声で語る、穏やかなまなざしの若者もまたそれと同じぐらいに多い。彼らに日本の希望を託したいと私は思っている。」

 凍りつくような冬に耐えながら、忘れ去られつつある被災地で、今も黙々と活動を続ける若者たちがいます。そして祈り支える人たちがいます。被災地ではなくとも、自分の与えられた場で、多くを語らず黙々と汗する若者たちがいます。小さなことかもしれません。しかし、それは社会への大きな励ましです。
 “Be the change you want to see in the world”/見たいと思う世界の変化に、あなた自身がなりなさい(マハトマ・ガンジー)」。若者たちに希望を託すと共に、自らも「地の塩」の一人として歩みたいと思います。