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2014年度事務局長通信②/No.98

2014.07.04

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今月のコメント

●“赤ちゃんの産声は、世界共通”

 パキスタン青木盛ワーカーの月例報告の新生児死亡人数にいつも心が痛みます。4月は6人でした。
 「4/15 34週、2,500g 帝王切開 新生児一過性多呼吸。4/19から下痢。敗血症の疑い。皮膚色が非常に悪くなり、時折徐脳硬直姿位をとった。回復は不可能と思われたが、奇跡的な回復を見せ、5/3に退院。(その後の外来フォローでは経過順調)」(青木ワーカー報告より)
 生後間もなく失われる命と救われる命。無垢な幼子の奇跡的な回復に、こちらも救われる思いです。

 世界子供白書2013では、パキスタンの「5歳未満児の年間死亡数」は352人/1,000人(2011年統計:日本は4人)。「妊産婦死亡率」(妊娠関連の原因で死亡する女性の年間人数)は、出生10万人あたり260人(2007-2011の報告値:日本は報告なし)。途上国の母子保健に関する、現状の一端です。

 話は変わりますが、第29回日本国際保健医療学会 東日本地方会(5/24)で、国内の母子保健に関する発表を聞きました。分科会3(テーマ:在日外国人~外国人女性の健康格差とコミュニティ)で示されたのは、在日外国人女性の健康を巡る日本社会の実態、私たちの隣にある“内なる貧困”でした。
 
 「(厚労省の2005年報告では)外国人の年齢調整死亡率は日本人に比して優位に高く、特に女性の死亡率は20%以上高値となっており、深刻である。・・・日本における外国人女性の置かれている社会的な立場による影響が示唆される。・・・公衆衛生的にも看過できない課題である。」(第29回学会抄録より)
女性/母が直面する健康格差が、“負の遺産”として子どもへと受け継がれる。社会的な問題が、弱い立場に置かれた女性や幼い命を脅かしている。女性/母の救済=子の救済。世界共通の最優先課題です。
 分科会3の座長の李節子氏(助産師:長崎県立大学看護栄養学部)の言葉、「人口71億人の世界。国・民族・言語の多様性を持ち、共生する地球。しかし、“赤ちゃんの産声は皆、同じ”」が心に響きました。

●“重い十字架を背負うことのできる者”~隅谷三喜男先生(元JOCS会長)召天10周年記念講演会

 隅谷先生(元JOCS会長:1978年~98年)は、優れた学者としての数々の功績に加え、抑圧された人の側に立って様々な社会活動に関わられました。成田問題やがん告知はJOCS会長時代のこと、公私ともに最も大変な時にお支え頂きました。「JOCS25年史~アジアの呼び声に応えて」は私たちのバイブル的な名著です。
 憲法記念日に開催された記念講演会の基調講演は、姜尚中先生(聖学院大学学長)でした。

 「(隅谷)先生は“時代の不寝番”であったと思います。我々が眠りこけている中で、決して眠ることなく、時代というものを見つめ続けていく。そのようなエッセイを、80年代末から90年代に残されました。
 ・・・『軍事力をもって、日本は何をしようとするのか。アメリカの軍事費削減を補完しようという意図以外に何が考えられるか。もしそうであれば、デタントへの妨害行為以外の何であろうか。・・・それは国際平和のために、武力による威嚇を永遠に放棄することを誓った憲法の主旨に反することになる』。先生はこのようなことを、すでに80年代末に指摘しておられます。・・・先生のような方々の血の滲むような努力の末に日中・日韓関係、近隣アジア諸国との関係がここまで進んできたのです。しかし血の滲むような思いで作られた友好関係を壊すことは、一朝一夕でできる。」(2014年婦人之友7月号より)

 今まさに、東アジアで、“血の滲むような思い”で築かれた友好関係が壊されようとしています。姜先生の講演の締め括りは、「日本国憲法は“成就していない”。東アジア諸国との和解が成し得ない限り、日本国憲法は“未完”である」という、東アジア情勢と日本の在り方への鋭い警世の言葉でした。

 「キリストが示したように、どんなことがあろうと、十字架から顔をそむけることのない勇気を、私に与えて下さい!そして、愛する祖国の危機に際しては、重い十字架を背負うことのできる者にして下さい」(隅谷先生の受洗後、16歳の時の祈り)。生涯にわたり先生に仕えた秘書の方曰く、先生はNGOとの関わりやキリスト者であることを一切語られなかったと。重い十字架を背負いつつ、匿名的に働かれたのは先生の哲学でした。先生が日本の社会・人文学者約1500名と名を連ねた「米国のイラク先制攻撃反対の意見広告」の掲載は召天2003年2月22日の後の2月27日。最後まで、激動の人生を生き抜いた方でした。

●“平和”を諦めない人たち~サッカーW杯@ブラジルに想う

 ボスニア・ヘルツェゴビナ。「・・・W杯初勝利。先制点をたたき出したのは、エースFWジェコだった。・・・28歳のジェコは1990年代の内戦を経験した選手の一人だ。1986年、旧ユーゴスラビアに生まれ、戦闘の舞台になったサラエボで育った。/子どもの頃、近所の遊び場に爆弾が落ちた。胸騒ぎを覚えた母親が『危ない』と外出を止めてすぐのことだった。よく一緒に遊んでいたサッカー友達は亡くなったという。
 ・・・立ち上がったのが、オシム氏だった。『戦争の間、どこからも助けを得られなかった国の、唯一最大の楽しみがサッカーだった』。この思いを胸に、同国連盟の正常化委員長に就任。07年に患った脳梗塞の後遺症が残る体にムチを打って3民族の政治家を訪ね、・・・会長の一本化に道筋をつけたことで、制裁は解除された。昨年10月にW杯出場を決めた時には、会場で涙をぬぐった」(朝日 2014.6.25)。W杯出場の条件である3民族融和に尽力したのは、首都サラエボ出身のイビチャ・オシム元日本代表監督でした。

 3民族(イスラム教徒で現在のボシュニャク人/カトリック教徒のクロアチア人/東方正教信者のセルビア人)の対立による戦争は、95年の和平合意までに、死者20万人を生む悲劇でした。「試合終了の笛が鳴ると、ボスニア・ヘルツェゴビナの選手たちは静かに肩をたたき合った」(同上)と報じられています。

 もう一つの国、コスタリカ。快進撃を続け、初のW杯8強入りを果たしました。“豊かな海岸”という国名の小国は、「非武装永世中立国」として世界で唯一軍隊を持たない国。“憲法9条”を持つ日本にとっては仲間です。同国の国連平和大学(1980年設立)には、平和に尽くす人たちが世界各地から集まっています。
 世界には拳を振り上げ、声高に戦いを叫び、平和への努力を木端微塵にしようとする人がいます。今や、“Majority”かもしれません。しかし、忘れ得ぬ過去を抱きながらも「肩をたたき合う」人たちや和解と対話を決して諦めない人たちもいる。与えられたその場で、人知れず平和を祈り働く人たちがいることを知っています。それらの「静かなる勇気」を持ち続ける“Silent Minority”が勝利する日が来ます。きっと。